35歳・都道府県庁の行政職から大学職員へ転職し手取りが減った事例
- 転職満足度
- 4
- 転職時年齢
- 35歳
- 所属
- 都道府県庁
- 公務員時代の職種
- 行政
- 公務員歴
- 13年
- 転職先業界
- 教育
- 転職後職種
- 大学職員
- 年収
- 578 → 520万円
- 活動期間
- 5ヶ月
- 未経験転職
- はい
- 選考実績
- 応募18 → 書類通過9 → 面接4 → 内定2
公務員になった理由
地元で腰を据えて働きたかったのと、教育や人材育成に関わる仕事を安定した立場で続けたいと考えたからです。
公務員時代の仕事内容
都道府県庁で13年間、行政職として働いてきました。県税事務所での賦課徴収の窓口から始まり、その後は本庁の総務系の部署で予算の取りまとめや議会答弁の資料づくり、外郭団体との調整を担当しました。直近の3年は人事課で職員採用と研修の企画に携わっていました。
転職を考えたきっかけ
人事課で若手職員の離職に向き合ううちに、自分自身が年功的な仕組みの中で先の20年が見えてしまっていることに気づきました。答弁対応や議会前の泊まり込みで家庭の時間が取れない年が続き、下の子が小学校に上がるタイミングで働き方を見直したいと思いました。給与が下がっても、大学という現場で学生や研究者の支援に近いところで働けるなら踏み出せると考えました。
なぜその職種を選んだか
県庁で採用・研修の企画をしていた経験が、大学の職員採用や学生のキャリア支援、教務の運営にそのまま活きると思ったからです。行政と教育機関はルールで動く点が似ていて、いちばん違和感なく移れる先だと感じました。
転職活動をどう進めたか
公務員特化型のエージェント2社と、総合型を1社使いました。総合型は最初にIT営業やSaaSのカスタマーサクセスばかりを勧めてきて、年収は上がるものの働き方の希望とはずれていたため、途中で連絡を減らしました。特化型の2社は、公務員の異動歴が「特定分野の専門性がない」と見られやすいことを踏まえ、私の場合は税務・総務・人事と幅広く回った点を「大学事務の総合職に向く」と言い換える書き方を一緒に作ってくれました。大学職員の求人は数が少なく公募の時期も限られるので、特化型が持つ非公開の私大求人を待つ形で進めました。活動は5ヶ月、応募18件、書類通過9件、面接まで4件、内定2件でした。
面接で聞かれたこと
「県庁を辞めてまで大学に移る理由」「年収が下がることを家族はどう考えているか」「学生対応で理不尽なクレームを受けたときにどうするか」を深く聞かれました。前職の議会対応や住民対応の経験と結びつけて答えました。
公務員経験で評価されたこと
予算編成と決算のプロセスを一通り回した経験、議会答弁の資料を短時間で正確に作る力、外部団体との調整で板挟みになりながら合意を作った経験が評価されました。大学は文部科学省への申請業務が多く、行政の書類仕事に慣れている点も歓迎されました。
内定先を選んだ理由
もう1社は通勤に往復2時間半かかり、家庭の時間を取り戻すという目的と矛盾するため、自宅から通える私立大学のほうを選びました。
転職後に感じたギャップ
額面の年収は578万円から520万円に下がりましたが、想定以上に痛かったのは手取りの差です。県庁時代は住居手当や地域手当が乗っていた分、月々の手取りは4万円ほど減り、賞与も前職の水準には届きません。年間58万円の減少と説明されていたものの、体感はそれ以上でした。仕事の面でも、大学は前例踏襲や年功の色が県庁よりむしろ強く、意思決定の遅さに驚きました。
公務員から転職して良かったか
満足度は4です。議会前の泊まり込みがなくなり、平日の夜に子どもと過ごせるようになったこと、学生の就職支援という手応えのある仕事に就けたことが大きいです。手取りが減った分は、共働きの妻と家計を組み直し、車を1台に減らして吸収しました。お金だけを見れば下がった転職ですが、時間と気持ちの余裕は明らかに増えたので後悔はしていません。
公務員に戻りたいと思うか
戻りたいとは思いません。ただ、年収を下げてでも働き方を変えたいという人以外には、安易には勧めないです。
これから転職する公務員へのアドバイス
「手取りがいくら減るのか」を、手当と賞与まで含めた具体的な月額で先に出しておくことをおすすめします。額面の差だけで判断すると、住居手当や地域手当が抜けた後の生活で想定が狂います。私は家計簿を半年分並べて、妻と「この水準で暮らせるか」を確認してから決めました。数字を直視しておくと、いざ下がったときに慌てずに済みます。
